第二十話「収二郎、無念」5
「平井の収次郎ハ誠にむごいむごい。いもふと、おかをがなげきい斗か、ひとふで私のよふすなど咄してきかしたい。
まだ少しハきづかいもする」
以上は乙女に宛て龍馬が書いた手紙の一文です。
兄を失った加尾のことを心配しています。
龍馬は容堂のことを憎んだと思います。
しかし、この出来事はまだ序章にすぎませんでした。
ドラマでは龍馬と容堂と早くから面会してますが、龍馬は生涯、容堂とは会ってないと記憶してます。
自由民権運動の指導者の一人、中江兆民が「平井収二郎君切腹の現状」という文章を明治25年に書いてます。
当時16歳だった中江兆民はこの時の様子を逐一見ていたようです。
執筆を依頼したのは平井(西山)加尾です。
後に嫁いだ西山志澄も自由民権運動に参加していたので加尾が兄の名誉回復の為に書いてもらったんでしょう。
切腹から約30年、加尾の悔しさは消えていなかったんですね。
画像右上: